山岳信仰という言葉があるくらい、古より崇拝の対象となってきた「山」
思いがけず、命を落としてしまうこともある「山」
霊をみた、とおもしろおかしく書くつもりはありません。
この山で、命を落としてしまった人たちだったのだろうな、と思っています。
どのような状況で、命を落としたのかは分かりません。
今までどんな場所にいても、周りの人が「ここ、なんかいるよね…?」という場所でも気配を感じたことすらなく、霊感のようなものは自分にはないと思っていました。
ですから翌朝、霊だったのかもしれないと分かり、単純に驚いただけです。
怖くはなかった。
なんだか、とてもかわいそうだと思いました。
妹と、中央アルプスのとある避難小屋に泊まったときのことです。
山頂まで行く予定でしたが、午後から天候が思わしくなく「明日にしよっか」と避難小屋で寝かせてもらうことにしました。
小屋の入り口の土間で食事を作っていると、やはり空が暗くなり雨が降り始めました。
食べ終わって中でのんびりしていたら、単独の男性がやってきました。
男性「いいですか?」
私達「もちろんです」
男性「お二人だけですか?」
私達「はい」
男性「じゃあ、申し訳ないから下りようかな…」
いやいや、我が家じゃないし遠慮しなくていいでしょう…
雨だって降ってるし、もう17時を過ぎている。
間もなく真っ暗になる。
土間をはさんで両側が板張りになっていたので、分かれて眠りにつくことになりました。
男性は眼鏡をかけていました。
こちらも二人ともレーシック手術を希望(角膜が薄くて断られました)するほどの近眼。
やることもないし、雨降ってるから星も見えないし。
20時にならないうちに「おやすみなさい」
途中で目は覚めたけど、ちゃんと寝ていたようです。
窓から入ってくる白い灯りが眩しくて目が覚めました。
寝ている場所に向けて、下向きのスポットライトのような強い光。
「月…?にしては明るすぎるか…?」
あまりに眩しくて片目だけ開けて、腕時計を見ました。
時計のライトをつけなくても見えたくらい、本当に明るい。
「2時前かぁ、けっこう寝たな」
眩しいだけでなく、何人もの声がざわざわ。
けっこううるさい。
「富士山の小屋みたい」
と、ふと思いました。
富士山は、夜通し登る(弾丸登山)方も多いので、たとえば八合目の小屋で仮眠をとるつもりでも、通過・休憩する方々の話す声で眠れたもんじゃないです。
テンションが上がってますし、海外の方の声はさらにデカい。
横になって体を休めるだけです。
「中央アルプスでも夜通し登る人いるんだな」
寝ぼけた頭でそう考えました。
が、「あまりいなそうだけどな、しかもすごい人数だし」
眩しすぎて目が開けられないけど、ぼんやりと考えます。
「まだ雨降ってんのかな、休憩するなら入ってくればいいのに。静かにしてほしいけど」
ごとっ、ごとごとっ。
「あー、ここの扉重たかったもんなぁ。開かないのかなぁ」
その間も「ざわざわ」は遠ざかったり近づいたり、避難小屋の周りをゆっくり回っているよう。
「開けてあげようかなー」
体を起こしながら目を開けると、白い影が土間を入り口に進んでいきました。
「あー、男の人も起きちゃったんだな、そりゃ起きるよなぁ(この声と光じゃ)。それともトイレかな?」
トイレは入り口を出て右回りに進むとあります。
自分が立ち上げる必要がないと思ったら、まだざわざわしていたけれど、また眠っていました。
翌朝、雨はやんでいました。
「おはようございまーす」
男性に「夜中、トイレ行きました?雨だったから濡れちゃったでしょう。カッパ着るの面倒だからこういうとき、傘あるといいですよねー」
「え?行ってませんよ?どちらかではないんですか?」
と、手で示されました。
妹に「?」と顔をすると「行ってないよ」
そうでしょう、行くなら絶対起こされると思うし、あのとき妹は隣に確かにいました。
「え、だって白い上着をはおって行きませんでした?」
そのとき、男性が黒いウェアだったのでそう言ったのです。
男性は「白い服なんて持っていません。カッパも緑です」
と、針金の物干しにかけてあるレインウェアを指しました。
お互い無言になりました。
全員が「ざわざわ」を聞き、眩しい光で目を覚ましていました。
男性は最初、妹か私に「ヘッドランプで照らされた」と思ったそうです。
でも光が入っているのが窓からなのを見て「たくさんの人が小屋周辺にいる」と。
どうしたかったのでしょう、あの大勢の人たちは。
妹と二人っきりだったら…いつものように単独だったら…どうなっていたでしょう。
怖くて、そこにいられなかったと思います。
かといって、外の「ざわざわ」に向かうこともできない。
男性がいたから、男性だと思うことができた。
もう山頂へ向かう気持ちがなくなっていました。
「下りよっか」「うん」
後日、他の山小屋の方から、その避難小屋がある場所は、遭難した方々を火葬したところだと聞きました。