この本、ご存知ですか?
図書館で借りて2冊読みましたが、すごく好きな本になりました。
買おうかな。
私、たぶん、小学生のとき浮いていました。
でも、今のようにスマホもないし、学校の時間が終われば気にしなかった。
班や係で何かやるときにイヤな思いをした記憶もなかったし。
みんなが観るテレビを全く観ていなかったし、もともと口数が少なかったので、みんなと話ができないなぁ、くらいにしか思ってなくて。
ひとりの女生徒に好かれていなくて「変な形のランドセル〜」など、チクチク言われていました。
確かにみんなのと比べたら赤色も少し暗めだったし、厚みも薄かった覚えがあります。
休み時間、校庭で遊んでいた私に向かって2階の窓から悪口を叫ぶその姿に頭にきて教室へ走ると、おばあちゃんが買ってくれたそのランドセルが何度も上履きで踏まれたのでしょう、黄土色っぽい汚れが一面につき、ハサミの先で傷つけられていました。
あのとき、初めてキレたのだと思います。
というか、その後の人生でも、あのときみたいにキレたことはありません。
確か、その子をぶん殴ったんじゃなかったかなー。
何も覚えていないのです。
ランドセルを見た瞬間、目の前の机や椅子は消え去りました。
きっとケガをさせただろうから、相手の親と話し合いになったのだろうか。
そのランドセルで通っていたけれど、しばらくして両親が新しいランドセルを買ってくれました。
「おばあちゃん、ごめんね」何度そう思ったか。
本を読むのが好きだったし、例えば休み時間にひとりでいることが恥ずかしいとは思ったことはないけれど、高学年のクラス替えでその子と再び一緒のクラスになり他の女の子を巻き込んだために、女の子ほとんどから外されました。
でも男の子(しかもクラスのモテ男の子たち4人。かっこいい子は、性格もイケメンでした)が「理科係、一緒にやろう〜」って言ってくれたんだっけ。
40年も前のことだけど、その子の名前と顔も忘れてないです。
した方は忘れても、された方は忘れません。
その後、その子の人生がどんななのか、同窓会にも出ていないので知りませんが、積極的に不幸になってほしいとは思わないけれど、人生のどこかで、同じ目に遭ってほしいとは思います。
自分にとって大切なものを踏みつけられたとき、自分も過去にそれをしたということを思い出してほしい。
周りになじめてないなと感じていたあのとき、この本の主人公の成瀬が同じ教室にいたら。
友達じゃなくても、その存在があったら。
もっと穏やかな気持ちでいられただろうと思います。
最高にかっこいい。
いろんな職場でいろんな人と接してきた今は
「気をつかってもつかわなくても結果はほとんど変わらないから、やりたいようにやる!」
が持論です。
トシをとって図々しくなったからというのもあるんだろうな。
気をつかって何かをしても、結局アラさがしをされて必ず何か言われて泣かされている同僚たちを見ていて、そう思ったのです。
どうせ何か言われるなら、気をつかうだけ無駄じゃんって。
全員に好かれなくていいし、わかってもらえなくてもなんの問題もない。
30歳になったくらいから、他人が私のことをどう思うかが気にならなくなりました。
主人公の成瀬は、私が感じていた環境にあるわけではないだろうけれど、とにかくかっこいいのです。
どこにいても、何をしていても、周りは「え?」と思っても受け入れてしまう。
私のもうひとつの持論「この人はこんな人だと思われたら、生きやすい」が、小学生からできていたら。
周りに、こういう人だと思われちゃえば勝ちなんです。
いつのまにか、それがフツウになっている。
私は端から見たら、ワガママな人間だと思うのですが
「自分はこうなりたくないんだけど、このままでいてほしい」
と、よく周囲の人から言われます。
もちろん、ワガママといっても、やりたいようにといっても、積極的に人(心も体も)を傷つけたりはしません。
そこは「自分がされてイヤなことはしない」です。
小さい頃からそう言われてるし、保育園や幼稚園で保育補助として働いたときも、子どもたちにそう言ってきましたから。
「二百歳まで生きようと思っていないからだと思うんだ」
というセリフに、ガツンときました。
読み終えるのがもったいなくて、もっと成瀬の発する言葉を聞いていたくて。
堂々としていて清々しい。
成瀬が大好きだ。
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成瀬もよく乗車しているというミシガンクルーズ、今回は乗りませんでしたが、聖地巡礼をしたくなる気持ちが初めて理解できました。
続きます。