短い期間でしたが、山小屋で働けて本当に良かった。
飲食店でのアルバイト経験もなく慣れない仕事、うまくできなくて情けない思いもしましたが、下山後は一緒に働いてくれた方々への感謝しかありません。
私は30代の間、ずっと葬祭関係の仕事をしてきました。
「人は何歳で死ぬか分からない」
そんな当たり前のことに毎日接してきたおかげで、きっかけはそれだけではありませんが、辞める決心がつきました。
ご遺族から「定年後(あと、数ヶ月でした)に旅行しようって言ってたんですよ…」泣きながらそんな話を聞かされるたびに「やりたいことは、先にのばさないでやっておかなくては」と、焦る気持ちがうまれていました。
会社から毎年夏に1週間の休みはもらえていましたが、サービス業のためシフト勤務なので、夏以外に長期の連休を取得するのは不可能でした。
ほかの季節の山にも登りたかったし、できないと思うとなおさら思いが募ります。
辞めてから「長い休みがとれないから無理」と思っていたこと、退職金を全部使うまですべてやろうと思いました。
無職になるのだから退職金は備えとして残すのが普通なのかもしれませんが、どうしてもやりたかった。
「お金がない」とか「時間がない」とか自分に言い訳してやれなかったことを、せっかくやれる機会が目の前にあるのだからやりたい!と思いました。
退職金を使い切ったら、生きていくためにアルバイトをかけもちしたっていい、くるか分からない老後に備えるより、数年後に死んでも思い残すことがないようにしようと思いました。
何も叶えず、すぐに次の仕事を見つけて働き続けて、もし3年後に死ぬとしたら、死ぬ前に「あのとき、やってみればよかった…」という後悔でいっぱいになってしまうと思ったからです。
「あー、楽しかったなぁ」と死ぬ間際に思える人ってどのくらいいるのでしょう。
私の年齢の40代というと、お子さんもいて学費もかかって家のローンもあって…と毎日、仕事に家事に一生懸命働いている世代だと分かっています。
「無責任なことばかり書くな。こっちはイヤなことも我慢して毎日働いているのに」と思われる方には申し訳ないです。
そして実際、退職金を使い切るまで山に海に、そのときに行きたかった場所全てではありませんが、たくさん夢は叶いました。
そして「山小屋で働く」ですが仕事を辞めたのは秋で、山小屋で働ける期間は夏。
それまで半年以上ありますから、アウトドア用品を扱うお店でアルバイトをすることにしました。
今までの経験や知識が、これから登る人の役に立つなんて思いませんでした。
とくにザックを販売するのが楽しかったです。
体にいちばんフィットするザックを、といくつも試して見つけたときのお客様の嬉しそうな顔、忘れられません。
4人組の女の子それぞれにフィッティングをし、色違いで同じメーカーのザックを買ってくれました。
お揃いのザックを背負い山を歩く彼女らの後ろ姿を想像して、とても微笑ましい気持ちになりました。
違うメーカーのザックを買おうと決めてきたお客様に、それ以上に気に入るザックをご提案できたときの「ありがとう、ここに来て良かった」の一言。
数日前にザックをお買い上げいただいたお客様が「今日はウェアを一緒に選んでほしくて」と再度ご来店くださったり。
お客様からいただいた笑顔や言葉で、毎日元気に働くことができました。
そして夏がきて、ついに山小屋で働くことができました。
初日に見つけたのですが、山小屋の中で好きな場所がありました。
そこから外を眺めると窓枠が絵画の額縁のようにくっきりと風景を切り取り、本当に美しかった。
手があくと、そこへ行き外を眺めていました。
雲の形や染まり方、1日たりとも同じ景色はなく見飽きませんでした。
この景色の中に毎日いられることが信じられなかった。
きっと大好きなもの、たくさん見つかると思います。
心配なら短期でもいいと思いますし、迷っているならやった方が後悔しないと私は思っています。
これからも私は山小屋に泊まり、水をもらい、山を歩きます。
山小屋で働くみなさんに、今まで以上の感謝の気持ちを忘れないようにしたいです。