登って潜って、月をみて。

生きていれば、こんな景色に出会うことができる。こんなに幸せな気持ちにさせてくれる。

山でのマウンティング、ウンザリです…

マウンティング、という言葉を昨年知りました。
マウントをとる。
優位にたとうとする。
イヤな言葉です。
なぜ、自分が楽しめればいいんだって思えないのでしょうか?
なぜ、人を自分のモノサシで比べようとするのでしょうか?

自分で
登る山を選び
歩くルートを選び
山小屋かテントかを選び
食事は何を作ろうかを選び
山での過ごし方を選び
無事に下山する。

山を歩くって、ただ、それだけではないですか?
重いザックを背負える人 … 確かに山で宴会ができそうだから羨ましいです。
速く歩ける人 … 確かに同じ時間歩くなら私より遠くまで進めるのでしょう。
山頂で楽しめる時間が増えそう、これまた羨ましい。

でも、だからなんなのでしょう?

楽しく歩き、無事に下山できたなら、それで満点じゃない?
天気がよければ、さらに幸せ。 

高尾山の先、一丁平の展望台。
富士山や夕焼けを眺めていたときのこと。

近くのベンチから、でっかい声が聞こえてきます。
耳をふさごうと、ウォークマンをザックから取り出そうとしている短い間に聞こえてきた内容は
「○○(ここは聞こえなかった)に登ったこともないのに、よく山やってますぅーなんて言えるねぇ」

バカにした言い方だ。
バカはあんただと思うけど?

大体「山やってます」なんて、山で宣言する人を見たことないし。
だって今、山を歩いているのだから。
そもそも山をやってる、って謎。
やる?

きっと、言われた相手も、そんな宣言なんてしていないのでしょう。
○○山に登ったことあるかって聞かれたから、ないって言っただけでしょ。

10年ほど前、私も山でマウンティングされました。
その頃は「マウンティング」なんて言葉知らないけれど、イヤな気持ちにはなりました。
あのときのご夫婦、こういうつまらない会話を耳にするたびに思い出します。
強烈で忘れられない。
口調まで覚えてますもん。

大好きな北アルプス笠ヶ岳の直下、笠ヶ岳山荘で。
1週間の山歩きの最終日、笠ヶ岳にたどり着きました。
初めての1週間の縦走。
天候が安定していたこともありますし、歩きやすいルートを自分なりに考えたことで、初心者ながら毎日を計画どおり元気に歩いてこられました。

あとは明日の下山だけ。
明日だけ、天気が崩れるかもしれないんだよね…
と思いながらも、ほっとして、笠ヶ岳山荘の玄関の土間にあるストーブの前で牛乳でひとり乾杯していたとき。
★牛乳のちっちゃなパックが400円。
牛乳が好きなので、お祝いに奮発したのです。

隣のベンチにいた女性2人連れが話しかけてきました。
童顔でショートヘアのためか、どうやら大学生と思われたようで、
「学生さんは休みが長くていいわねぇ〜」
いえ、社会人ですが…
「どこから歩いてきたの?」

質問に答えたのに聞いてないわ。
大学生じゃないって言ってんのに…
30歳オーバーなんですってば。

近くのベンチにいた、3日前から行程がかぶっているおじさん2人連れ(見るたびに底が剥がれた登山靴を直しているので、なんかかわいそうでお菓子をあげたら仲良くなった)が
「折立からずーっとひとりで歩いてきたんだよなぁ〜」
と、勝手に答えてる!

「女の子ひとりで? すごいねー」
「私、ひとりで歩くの怖いなぁ」
「どこの山小屋のご飯がいちばんおいしかった?」
なんて、会話が続きます。

すると、背中合わせに座っていたご夫婦と思われる、奥さんの方がいきなり
「あなた、北海道の山に登ったことあるの?」
と、きつい口調で聞いてきました。

いえ、ありません。

「北海道の山を歩いたことないくせに、えらそうに山やってるなんて言わないでよ!!」

言ってません。
そもそも、おじさんが代わりに答えてしまったので、その時点で発した言葉は「いえ、社会人ですが…」のみです。
山小屋のご飯、どこがおいしかったかなぁ? と思い出していただけです。

女性2人連れがぽかんとしていました。
奥さんが、北海道の山を縦走するのはどれだけ過酷なのか、私の歩いてきたコースはどんなにやさしいか、を話し続けています。
旦那さん(と思われる)が、もうやめたら? というふうに服を引っ張り見上げていますが、とまりません。

私もただ、ビックリしていました。
なんでこんな人がいるんだろうと不思議でたまらない。
ひとりで歩いていることをすごいねー、と言われただけです。
それが気に入らなかったの?

私はひとりが好きだから、ひとりで歩いているだけ。
それがすごいことではないこと、ちゃんと分かっていますよ?
選んだルートも、毎日長い時間歩ける体力さえあれば、特別な技術がなくても歩けるルートって承知しています。
ひとりで歩けるように、自分でたてた計画ですから。
全くすごくありません。

あなたの方がすごいことは分かりました。
でも、比べる意味がわかりません。

シーンとなったまま、独演会が続きます。
登山靴を修理中のおじさんが、静かな声で何か言いました。
「あんたは劔の、なんたらを歩いたことあるのか?」
私には劔岳なんて、夢のまた夢なので詳しくなく、単語を覚えていられなかったけれど、奥さんは
「ありません」
と答えて静かになりました。
今思えば、登攀技術がないと登れない劔岳のバリエーションルートのことだったのでしょう。

私はそのとき、旦那さんを見ていました。
ほっとしたような顔をしてた。

それぞれが、それぞれめいっぱい楽しむ。
山でもどこでも、それでいいのにね。