登って潜って、月をみて。

生きていれば、こんな景色に出会うことができる。こんなに幸せな気持ちにさせてくれる。

山で読書

軽いにこしたことはありません。
文庫本がベストですが、単行本サイズでも薄ければ持っていけます。

最近山で読んだ2冊をご紹介します。

「八月の六日間」北村薫

「山に登ったことがなくても書けるんだ、作家ってすごい」と、本を閉じて思いました。
そりゃそうか。
自分が経験したことしか作家が書けないとしたら、本の中で殺人事件はそうそう起こらない。

読んでいると「私もそう!」と思える描写がいくつも。
山で気づける小さなことを積み重ねて物語になっている感じです。

私はほぼひとりで歩くので、常に自分が先頭です。
誰かと歩く時は新鮮な気分を味わいたいので、最後尾についたりするのですが…気づくと先頭。
視界に人を入れたくないのでしょう。
目に入ってくる景色にただ泣けてくる。
何回も歩いている山でもそういう景色に出会えます。
山を歩かなければ一生出会えなかった景色。
そんな景色に何度出会っただろう。
「この世のものとは思えない眺め。わたしが足を向けずにいた間も、ここには、この自然があり、わたしが帰った後もある。それが、とても有り難いことに思えた。」
文庫本18ページの一節です。
私もいつもそう思う。
この景色はここにずっとあって、私はまたこの景色を見に来れるんだ、と。

63ページ「正義が勝つとは限らないー なんて、小学生だって知っている。」
主人公が高校生の頃にあった出来事を山で思い出しています。
山を歩いていると、いろんなことを考えます。
どうでもいい歌がエンドレスに流れたりもします。
岩場では無心になるけれど、単調な道ではめちゃくちゃ考える。
ここ数年一度も思い出さなかったのに、なんで今思い出してるの! っていうことまで。
仕事で失敗したことやら、どうがんばったって変えられない過去がぐだぐだ出てきて、ハッとします。
「こんなすてきな景色の中で思い出すことじゃない!」
言い聞かせるんだけれど、でも数秒後には、また心を支配されている。
常に景色に心を支配されたいものです。

107ページ「本多さんは《おお!》という思いを、わたしに見せてくれた。そして二人で心を躍らせた。そうだ。与えられたわたしだけが嬉しいのではない。偉そうな意見ではない。ごく自然に、与えられることによって、わたしも与えたのだ。喜びは、片方にあるのではない。その間にある。」
なんで言葉にできるんだろう、こんなことを。
そうか。そうだよね。
だから、人は人といたいんだ。
このページからしばらく目が離せませんでした。



「旅のつばくろ」沢木耕太郎

すごくエラそうな言い方になってしまいますが、私は、この人の文章がとても好きなのだと思います。
クライマーの山野井夫妻がギャチュンカンの氷壁を登る「凍」も好き。

山形に行くために新幹線に乗ったとき、座席の背にJR東日本の車内誌「トランヴェール」がありました。
その中に連載されているものをまとめた本です。
沢木耕太郎さんは「深夜特急」の作者です。
初めて深夜特急を読んだとき、私は高校生だったのですが、
「私も旅に出たい!」
と強く思いました。
ツアーなど決められた旅行ではなく、1日1日の行き先を自分で毎日決める旅。
小さな時刻表を買い、青春18切符で日本各地へ旅しました。

私はけっこう人見知りで、知らない人に何かを尋ねたり教えてもらうなんてできないと思っていました。
今のように、パソコンやスマホで宿を予約する、なんてことがまだまだできなかった20年以上前、女ひとりで泊まれる宿を探すのはけっこう大変だったのです。
たとえば、琵琶湖をどうしても見たくて、青春18切符を使える冬休みに行ったことがあります。
日帰りのつもりだったけれど、昼に食べた郷土料理がおいしかったこともあり、泊まって次の日も歩きたいと思いました。
今はあまり見かけませんが、電話ボックスに置いてある電話帳に載っていたいくつかの民宿(電話帳に料金は出ていないのですが、民宿なら安いと思ったから)に電話をしてみたけれど、「(宿泊人数は)私ひとりです」と言うと全部断られました。
やっぱり帰ろうかな、と思ったのですが、駅前に観光案内所があり、思い切って入ってみました。
電話で予約をしようとしたけれど断られてしまう旨を伝えると、おばちゃんは大笑いしてどこかに電話をしてくれました。
「女のコひとりなんだけど、今日あいてる?」
指で○を作って、私にうなずいてくれました。
「いやいや、自殺なんてしそうに見えないから! 東京から来たんだって。おいしいもん出してあげてよ」
宿の場所、電話番号のメモを渡され、見送ってくれました。
…そうか、女ひとりは自殺って思われてしまうこともあるのか…火曜サスペンスだけかと思っていた。
今では「ひとりです」と言っても、全くそんなことないですけどね。

それから私は、いろいろ決めない旅を始めました。
旅に出るきっかけは、
「この景色を見てみたい!」
が圧倒的に多かった気がします。
観光案内所や地元の方々、泊まった宿で、次の行き先や観光客は行かないような店を教えてもらってつないでゆく旅は、とても楽しかった。

「旅のつばくろ」は連載を書籍化しているので一編は短い。
そのひとつを読んでは本をとじ、想像します。
200ページほどの本。
山への行き帰り、休憩でページをめくりましたが、読み終えるまでに5時間なんてかかったことない。
一編ごと、いろいろなことに思いを馳せながら読んだからでしょう。
「朝日と夕日」
「終着駅」
「風の岬」
「なりつづける」
「今が、時だ」
「夜のベンチ」
が特に好き。



ほかにも旅の本でオススメがこちら ↓
https://blog.hatena.ne.jp/yueguang/yueguang.hatenablog.com/edit?entry=26006613615171123


行きたいときに行きたい場所へ自由に行ける、そんな日常が戻ってきますように。