深夜2時過ぎまで働き、少しの仮眠をとっての明け休み。
眠いのに、どうしても土の上を歩きたくなり、野川に行くことにしました。
以前もブログで書きましたが、ここは川まで下りられて両脇が遊歩道になっています。
土や草を踏みしめて歩く。
それだけで楽しくて嬉しかった。
気づくとうつむいて歩いている。
いかんいかん。
せっかく緑がきれいなんだから顔を上げよう。
踏み外したら命がなくなるような道じゃないんだから。
もうすぐゴールだ。
当分、山を歩くことはできないでしょう。
不要不急の外出だから。
これで健康を維持してるんだー! と声を大にして言いたいけれど。
東京都民ですが、
「奥多摩に来ないで(病院まで片道2時間だそうです、未だ感染者ゼロ)」
と地域を守り続ける方たちがいるのに、行くわけにいかない。
高尾山だって電車ですぐだけれど、「登山自粛」になっている。
例年ならまだ飛んでいるヒノキの花粉を警戒して、マスクを二重にしてトレーニングがてら何度も登る季節。
我慢している自分が損、みたいに思いたくはない。
けれど、誰が見ても生活に必要なことではなく(必要だ!って言う人が並ぶんですよね)、たびたび取り上げられるパチンコの開店前の行列。
身近な大切な人が亡くならない限り、自分がかかって辛く苦しい思いをしない限り、我慢は続かず「やってるから並ぶんだよ」と、娯楽に向かう欲の方が勝るのでしょう。
店を開けなければ、経営者の生活がたちゆかなくなるのは、パチンコ店に限らずたくさんの業種にいえることです。
飲食店の知り合いの顔がうかぶ。
大好きなあの店この店が、収束後になくなってしまっていたらどうしよう…
感染者がゼロになるまで緊急事態宣言の全国解除を待つとは思えませんが、いつになったら以前の日常に戻れるのか、それともずっと、誰かにうつさないためのマスクをし、相手との距離をはかり、大きな口をあけて笑うことすらはばかられる、そんな毎日がこれからの日常として定着してしまうのか。
不安です。
幸い、というか私の仕事はテレワークなど全くできるはずもなく、以前と変わらず仕事に行き、変わらないお給料をもらえます。
毎日、数百人ものお客さんと接する仕事のため、うがいや手洗いを念入りにしていて手が荒れたくらいしか変化はありません。
お客さんの中には、
「たくさんの人と接するから怖いでしょう」
「うつらないよう気をつけてな」
など声をかけてくださることもありますが、マスクをしている人は少ないです。
東日本大震災後、日本中の街が暗くなりました。
電力消費を控えるためです。
コンビニの明かりが消えるとこんなに暗いのか、と思いました。
街灯だけでは心もとない道もありました。
夏はエアコンをつけるのも考えてしまうくらい毎日のニュースで、供給電力にあとどのくらい余力があるのかを報道していました。
真夏は98%使用しています、なんてギリギリの日が続いてました。
図書館などの公共施設に行って、自宅での電力消費を控えた日々を送っていたのに。
すぐにそんなことはなくなりました。
仮設住宅にまだ住まざるを得ない方々もいて、福島第一原発の使用済み核燃料の搬出は計画よりもずっと遅れている。
決して終わっていないのに、東京オリンピックの開催に突き進み、震災が過去のことになってしまっている。
今の生活に影響を感じていないから他人事なんだ…
復興五輪だ、なんてこじつけですよね。
いろいろな考えがあるから、このことだけを批判できないけれど、震災後に生活が再建できていない人がまだまだいる中で、復興五輪なんて言われても。
コロナ後、どんな日本、どんな世界になるのでしょう。
なにが当たり前になるのでしょう。
ワクチンが開発されれば、数年後にはこの日々を忘れるのか。
野川をさかのぼること1時間半、野川公園の芝生のベンチでのんびりしているのに、そんなことを考えるばかりでした。
マスクをしていると草の香りがわかんないよ。